竜とそばかすの姫を見たので珍しくポエムを書く

更新2021/08/08
ポエムなんだけど、いんたーねっとを職場とする人間として考えたことを書き残そうと思った。
竜とそばかすの姫、ラストの盛り上がりがよくないという意見を見たので思ったことを書き残そうかと思った。

とてもネタバレです。↓↓↓↓↓↓



























物語終盤、虐待に気づいた主人公は、制服の着の身着のまま四国の片田舎から東京へと飛び込んでいく。

時計の針を少し戻すと、さながらサマーウォーズのように仲間が集結するシーンがあって、作戦司令室のようにディスプレイが並べられた部屋で一堂に会する。さあここから大立ち回りが始まる!と思うのだけど、集った彼ら彼女らの出番はほとんどない。

せいぜい主人公の背中を押す程度で、実際に東京へ向かのは主人公だけ。
誰一人、幼馴染の青年すら「一緒に行こう」とは言わない。

これが不可解だという意見が多かったんだけど、私はわりとこの現象は腑に落ちてる気がする。

この現象は、通り魔に刺された人に通行人が平然とスマホのカメラを向けるようなものなんだと思う。

倒れていても、血を流していても、他人は他人で自分は傍観者。居合わせただけで、なんの関係もない。
これは別にスマホを持った現代人が薄情なわけじゃなく、単に人間の性質なんじゃないだろうか。

応急処置をすることになったとき周りの人に何かを頼むときは「あなたはAEDを持ってきてください!」「あなたは救急車を呼んでください!」というように人を明確に指定して行動を促さないといけないという。

私も大学生のとき練習したが、このときばかりは人をゆびで指して「あなた」を明示して指示を出した記憶がある。
指された相手は初めて傍観者から当事者の一人に変わる。こうしないと、いつまでたってもAEDは運ばれてこず、救急車も呼ばれない。

じゃあだれが、その最初の指示を出すのか。
指示を出す人間には、だれも指示をしてくれない


映画を見た人はわかると思うんだけど、これが大きなテーマだと思う。

最初に指示を出す人間に指示を出してくれるのは、その人の心なんだと思う。
「このままだとあの子が死んじゃう」これだ。この行動原理だ。
利害関係とか関係なく、自分が動かねばという心。
この心が、この映画のテーマなんだと思う。

現実の世界でもインターネットはこれまでにないほどの繋がりを作ることができるようになった。
特にTwitterとかとかとか。

もし仮に、フォロワーの一人が「もしかしたら生命の危機にあるかもしれない」という不確かな情報が回ってきたとする。

あなたは、その人のために、行動できるか?ここでいう行動とは「リツイート」でも「拡散希望」でもない。
実際に足を運んでその人の安否を確かめに行けるだろうか。もし自分にリスクが降りかかることになっても、それを厭わずにだ。

主人公はまだ合ったこともない、素性もよく知らない相手のために、雨に打たれながら見知らぬ土地を走る。

この映画は、サマーウォーズのような、名前も知らない多数がどんどん味方になって"インターネット元気玉"を放つこととは真逆の、誰がそのひとりを助けるのかに迫った物語なんだと思う

「だれ、だれなの?」

インターネットの海の先に確かな一人がいる。それはだれなのか。
なんて、いんたーねっとを職場とする人間として考えたりなんかした。
書いた人/このブログについて

サーバーサイドエンジニア。お仕事ではRubyとPerl。趣味ではC#やHLSLなどを少しと、3DCGでPythonをごまかしながら使う感じ。Unityとインフラ周りも好き。

自分の備忘録もGoogle検索に任せたくてこのブログ書いてる。Phoenix製でEC2上で稼働中。